ふちょう
おはようございます。
住宅事業部で大工をやっている木内です。
まだまだ暑い日が続いていますが、朝晩は少しずつ秋らしさを感じるようになってきました。
それだけでもだいぶ現場は楽になってきましたよ。
今回は、そんな現場で耳にする、ちょっと変わった言葉の話です。
現場で、
「カネが悪いな」
「カネが悪いと進みが悪いんだよね」
「カネが良ければ、さっといくのにな」
なんていう会話があります。
これを、たまたま近くで聞いていたらどう思うでしょうか。
「え? お金の話?」
「ちゃんと契約して、前金も払っているのにな……」
と、びっくりされたり、不快に思われたりするかもしれません。
でも、ここでいう「カネ」はお金ではありません。
建築現場でいう「カネ」は「矩」と書いて、直角のことをいいます。
「ここ、カネ悪いな」といえば直角が出ていない。
「カネ出して」といえば、直角をきちんと出す。
大工同士なら、これで話が通じます。
このように、建築の現場には、初めて聞く人には意味が分かりにくい独特の言葉があります。
いわゆる「符牒(ふちょう)」です。
例えば、垂直のことを「建ち」、水平のことを「陸(ろく)」といいます。
「建ち見て」
「ここ陸悪いよ」
「カネ出してから止めよう」
こんな会話が現場では普通にされています。
「墨を出す」というのもそうです。
墨汁を出すという意味ではなく、墨つぼなどを使って、壁の位置や建具の位置など、施工の基準となる線を現場に出すこと。
「ここ墨出しといて」
これだけで、職人同士なら何をすればいいのか分かります。
「逃げを取る」という言葉もあります。
既存の壁が少し曲がっていたり、仕上げを納めるために余裕を見たりするときに、「ここは逃げを取っておこう」などと言います。
こういう言葉は、いちいち長く説明しなくても現場の状況を共有できるので、仕事をする上では結構便利なものです。
そして、こうした符牒は大工だけのものではありません。
実は私の父が塗装屋なので、子どもの頃から塗装屋さんの言葉を聞く機会もありました。
大工には大工の言葉があるように、塗装屋には塗装屋の言葉があります。
職種が変われば使う道具も仕事の内容も変わるので、当然そこで使われる言葉も変わってきます。
同じ建築の仕事でも、職種が違えば「それ、どういう意味?」となることもあります。
現場に入ったばかりの頃は、先輩が話していることが分からないこともあります。
「ふかしといて」
「カネ出して」
「ちょっと逃げといて」
初めて聞けば、普通の日本語なのに意味が分からない。
ところが、何度も現場で聞いているうちに自然と意味が分かってきて、いつの間にか自分も使うようになる。
こうして考えると、符牒というのは単なる業界用語というより、職人から職人へ受け継がれてきた、仕事の文化のようなものなのかもしれません。
もちろん、お客様に説明するときまで「カネが悪い」「陸が悪い」では伝わりません。
現場の中では短く分かりやすく、外では相手に伝わる言葉で。
そんな使い分けも、現場を仕事にする上では大切なことだと思います。
建築の現場には、まだまだ「何でそんな言い方をするんだろう」という言葉がたくさんあります。
これからも、普段何気なく使っている現場の言葉を少し掘り下げてみると、意外と面白い発見があるかもしれません。
もし現場で「カネが悪い」と聞こえてきても、どうか驚かないでください。
お金の話とは限りません。
そのときはたぶん、どこかの職人が「直角が悪い」と言っているだけです。