賃貸ビル・マンション建築・修繕 小河原建設の非木造事業
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2017.01.01
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日曜の朝に

あけましておめでとうございます。設計担当の高橋です。

元日の朝、まさに元旦の日曜日となった、2018年「日曜の朝に」幕開け。

晴れ渡る空、きれいな朝日、その光で白く輝く地表の霜、気持ちの良い年明けとなりました。先程、分厚い新聞を取りに、外に出て元旦の空気吸い込みました。ひゃ~気持ちいい~!一年の幕開けにはこの上ない天気となりました。

皆様はどこで元日を迎えていますか?天気はいかがでしょうか?私はいつもの通り自宅で年末年始を過ごします。私も妻も東京なので帰省もないので・・・・昨日までは大掃除、そして今日はのんびりと・・・元日をゆるゆる過ごしていきま~す。さてとお雑煮を食べるとしますか。

ということで、この「日曜日の朝」引き続き本年もよろしくお願いいたします。

今日は元日ということで本題は・・・・いかがいたしましょうか・・・お雑煮できたみたいです。おもちがでろでろにならないうちに食べなければ・・・・

では本題は次回に・・・よい日曜日・元日をお過ごしください。

2016.12.25
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

曇天の朝、見るからに寒々そうな景色・・・・曇り空は窓のガラス拭きにはよい条件らしいので手をつけてみましょうかと・・・・今年も最後の日曜日となりました。なんと次回は元旦が日曜日となるのでこの「日曜の朝に」も元朝スタートとなるのです。忘れないようにしないと…正月休みになると曜日の感覚がなくなるもので・・・・

今日は仕事もないので本題と参りましょう。

先週に引き続き埼玉県唯一の国宝建造物である妻沼歓喜院聖天堂の話です。

先週、「権現造」の建物で、しかも神社建築様式になると話をしました。この権現造は日光をはじめ東照宮で良くみられる様式なのです。始まりは久能山東照宮といわれています(もともとは禅宗寺院の開山堂とも)。久能山東照宮は徳川家康の墓所に権現という神様になった家康を祀るための建物として採用された様式、江戸時代の初期に出来た新しい様式です。三つの建物をつなげた形で使い勝手が良く、この時代以降な神社形式の主流になっていく様式です。拝殿+幣殿+本殿の平面構成。もちろん神様は本殿、参拝者は拝殿、神主は幣殿までしか行けません。

妻沼聖天堂の側面図掲載します。

妻沼聖天堂はお寺でありながらこの神社様式の形、本殿に歓喜天がいるわけです。こちらはじめは聖天宮という名前で歓喜天を祀っていたとのこと、また歓喜天はもともとインドの神様だったのです。象の頭をした神様:ガネーシャといえばわかる方も、この歓喜天、他の場所でも鳥居があったりして神様的な扱いを受けています。当時としては刺激的な容姿をしているので秘仏として扱われる場合が多く、夫婦和合・子孫繁栄祈願という現世的な祈願所としてこの形を採用したのかなと・・・・あまりはっきりしません。

ということで、話はまだまだ続きますが、今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

妻沼・歓喜院聖天堂側面図

妻沼・歓喜院聖天堂側面図

 

2016.12.18
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

今朝はかなりの冷え込みのようで、霜で地面の白さが一段と強い朝です。寒い!

今日はお引き渡しがあるのでこれから出かけるのですが、まだ時間だありますので先週の続きと参りましょう。

埼玉県編第1弾として妻沼に歓喜院聖天堂・国宝建築物に触れました。修復を終え重要文化財から国宝にレベルアップしたのですが、かなりきれいで実物見たくなりませんか?自分もまだ修理前に見ただけなので今の絢爛豪華な彩色を見たいと思っているのですがなかなか機会がありません。この聖天堂、寺院のお堂なのですが建築様式は神社様式である権現造なのです。日光東照宮に代表される建築様式です。なぜそうなったのかは次回に触れてみましょう。

今日は短めですがこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

歓喜院聖天堂本堂

歓喜院聖天堂本堂

2016.12.11
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

雲ひとつない晴れ渡る空!気持ちいいです。すっかり冬の朝なのですが、外の寒さが気持ち良く感じてしまうくらい、きれいな空です。12月も二けた台の日に入り、今年も残り少なくなってきました。今日は仕事もなく久しぶりの日曜日らしさを感じつつ・・・・・本題に参りましょう。

埼玉県編の始まりです。

埼玉県に国宝建造物はありますか?ついこの前まではなかったのですが、平成24年に重要文化財から国宝になった古建築が・・・・まずこの国宝建造物から埼玉県編スタートです。

熊谷市妻沼にある「歓喜院聖天堂」になります。少し前までは妻沼町でした。熊谷市と合併しいまは熊谷市内となっています。

妻沼の聖天さんで今でも有名な信仰の場所です。江戸時代中期建てられたお堂なのですが、彫刻の装飾がすごい!!修復後塗装も復元されたので色もきれい!!

歓喜院聖天堂修理前

歓喜院聖天堂修理前

歓喜院聖天堂修理後

歓喜院聖天堂修理後

国宝指定の理由は建築としての技術的な頂点の一つ、これが庶民信仰によって実現されたこと。確かに日光は時の権力者によるもの、聖天堂は民衆の寄進により建立されたということです。まずは修復前と修復後の比較写真をご覧ください。その後の話は次回へと続きます。

今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

 

 

 

 

 

2016.12.04
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

今朝の空は高いところに薄雲があり、そこに朝日が映り込み茜色の空、幻想的な景色が見れました。なかなか良かったです。

もう12月になりました。ということはこの「日曜の朝に」がシーズンフォーに入ったということになります(すごくないですか!)。

日曜にブログをつづり丸三年やってきました。いよいよ四年目に突入です。皆様からは少しは反響もいただける用意なりました。ありがとうございます。

三年やってきたこと褒めてやってください(どうでもいいことですね)。これからも同じ調子でやっていきますますのでお気軽にお楽しみください。

本題は新たなる展開、「埼玉県」に舞台を移して始めることになるのですが・・・・・・今日はこれから現場でのお客様立会いがあるので・・・仕事です。本題はまた次につぶやきさせてください。

ということで簡単にさせていただきます。今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

2016.11.27
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

曇り空の日曜日となりました。朝の天気予報では午前50%・午後50%とのこと、何とか午前中だけでも・・・・お客様のホームオーナー様邸訪問だけはもってほしい~と思います・・・・・

というわけで、これから出勤です。簡単にお送りいたします。が!ちょっとは本題も・・・・・

前回、甲斐善光寺の話をしましたが、山梨県まだまだ紹介しきれていない文化財建造物は多いのですが、いよいよ舞台は隣の埼玉県へ・・・・・次回は埼玉県編に突入と参ります。ご期待を!

山梨県編最後の話として、甲斐善光寺へ参りましたら、東光寺仏殿にも足をお運びを・・・・

甲斐善光寺の西へ500mのところに禅宗様の重要文化財の仏殿があります。室町時代後期に建立されたお堂で、

東光寺仏殿正面

東光寺仏殿正面

以前ここでも取り上げた、山梨市・国宝・清白寺仏殿と同じ形をしたお堂です。特徴はより各部分の意匠が簡略化されて、シンプルなつくりになっているところです。正面の写真でも以前紹介した仏殿は花頭窓(かとうまど・火灯窓とも書きます)が両脇ありましたが、東光寺仏殿にはそれがありません。かなり和様に近い要素も取り入れています。小さいですがなかなか良いお堂です。善光寺だけではもったいないので是非こちらまで足を延ばしてみてください。

今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

2016.11.20
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

また日曜日がやってまいりました。なんか早いですね、年末が近づくと時間の進み方が早いと感じてしまいます。

昨日の雨のせいでしょうか、霧の朝になっています。お日様が幻想的に輝いている趣のある景色。適度な湿度のある空気も気持ちがよいです。

では本題と参りましょう。引き続き二つの善光寺の話となります。

主役は山梨県にある甲斐善光寺本堂、有名なのは長野善光寺本堂(国宝)となります、こちらが本家であることはご存じの通りで、そのコピー版が甲斐善光寺本堂ということになります。

この甲斐善光寺本堂を最初に建立したのが武田信玄、なぜ建築したかというと、善光寺の御本尊を自分のところに持ってきてしまったからなのです。

長野は武田信玄と上杉謙信が幾度と戦った川中島があるところです。善光寺のある長野を制することは両者の勢力図を示す重要地点だったのです。そして長野善光寺の御本尊は、まず上杉謙信によって越後に、それから武田信玄によって甲斐に来たのです。そのためのお堂を立てたのが始まりです。

現在の甲斐善光寺本堂は江戸時代後期に再建になります。このような歴史の流れに翻弄された善光寺その中で現れた建築物なのです。ぜひ機会があれば尋ねてみてください。

因みに長野善光寺御本尊は武田家滅亡後、織田・豊臣の時代、各地を転々とし一時期は京都に居たことも・・・徳川の時代になりやっと長野に帰ってきました。めでたしめでたし。

それでは、今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

2016.11.13
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

快晴の朝の日曜日、昨日は昼間は小春日和でしたが、今朝はやはり冷え込んでいます。晩秋というよりは冬の朝に近い空気感の日曜の朝です。この寒暖のせいでしょうか昨日は朝から微熱がありだるい、無理をせずに睡眠をとり十分に寝たら平熱に戻りました。高熱にならず安心しました、改めて睡眠は大切だなぁと思う次第です。

さてと、先週に引き続き本題と参りましょう。

甲斐善光寺の話の続きです。先週のブログの写真見ていただきました?色は違いますが同じ形をしていますね。写真を見ても長野善光寺本堂が大きいのを感じるかもしれません。この両善光寺本堂、「撞木造」と先週言いましたが、この撞木造が善光寺の特徴なのです。

撞木とは鐘や半鐘を叩くT字型の棒(木槌のような)のことで、本堂を上から見ると屋根の棟ラインがT字型になっていることから撞木造と呼ばれています。

因みにシュモクザメのシュモクも撞木のことで英語ではハンマーヘッドシャークというのと似たような名前の付け方なのです。

話戻りますが、この撞木造の平面的な特徴をいうと、間口に対して奥行がとても長いということなのです。それなどういう事かというと、参拝者のための空間を広くとるためなのです。本堂はそもそも仏様の空間であったので仏様はお堂の中心にいました。それが時代が新しくなるにつれて奥の方になり、手前に信者(参拝者)の空間をつくるようになっていきます。それが四角い平面では足りなくなり、その四角いお堂に縦長のお堂をもうひとつくっつけた形が撞木造なのです。やはり善光寺は民間信仰のお寺だけにこの造りになったのでしょうか。このお堂、ご覧になるときは正面だけでなく側面・背面方向からも眺めてください、独特の造りです。他のお堂では見られない特徴が盛りだくさんです。大きさを感じるのであれば横から見るのがおすすめです。

次回はこのなぜ同じような形が甲斐にもあるのか?というところをお話いたします。

今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

 

2016.11.06
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。

晴天の朝!気持ちいいいですね!!もう秋晴れというよりは冬の空のぬけ感です。紅葉の名所は今が見ごろのところも多いようで、残り少ない秋、楽しむならお早めに冬がすぐやってきます、巷もハロウィンが終わったとたんクリスマスに向けてのディスプレイに代わってきました・・・秋、終わっちゃいますよ~

ということで、今朝は時間がありますので2週間飛ばしてしまいました、本題と参りましょう。

前回は武田信玄ゆかりの窪八幡神社の話をしましたが、やはり甲斐の国=山梨県は信玄公は外せないです。山梨県内の古建築にもかなり絡んできます。

その中でも本日ご紹介する建物は「善光寺本堂」です。善光寺とはいっても皆様ご存知長野善光寺とは違います、「甲斐善光寺」の本堂です。

形は長野善光寺と同じ形をしている同じ撞木造と呼ばれる形式の本堂建築なのです。

古さは80年ほど甲斐が新しく、面積・規模も甲斐が一回り小さいです。長野は国宝ですが、甲斐は重要文化財です・・・・・なのですが、やはりでかい!!この周辺にはない木造建築物です。見どころはいっぱいあります。まずは両本堂の写真をご覧ください。詳しいことは次回といたしましょう。

今日はこの辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

長野善光寺本堂

長野善光寺本堂

甲斐善光寺本堂

甲斐善光寺本堂

2016.10.30
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日曜の朝に

おはようございます。設計担当の高橋です。今日は曇天の朝となっています。風も肌寒く秋らしい空気感、どこかで昨日、焚火をしたようなにおいが降りている湿度のある朝の空気・・・・・

今週はちゃんと日曜の朝に書き込みをしています。先週は失礼しました。

昨日は弊社のイベントで日光杉伐採ツアーがあり、ご参加の皆様には御礼を申し上げます。内容はHPのイベント報告や他の方がブログで書き込むかと思いますのでここでは詳しく触れませんが・・・・・・

それでは本題を・・・・・と行きたいのですが、今日はこれからお引き渡しがありますので、出かけます。今日も簡単な、ただのつぶやきとさせていただきます。

というわけで、出かけます。この辺で失礼いたします。よい日曜日をお過ごしください。

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