2015.10.11
staff
日曜の朝に
おはようございます。設計担当の高橋です。
今日は雨模様の朝、空気に湿り気がありますが、夏のような不快なジメジメ感ではなく、深呼吸したくなるような空気。
もう秋の真っ只中という日曜日を迎えています。
江戸城の話を続けております。
先週は江戸城=江戸シティの範囲の話をしました。
今の東京シティに比べ非常に狭いエリアです。
そこに当時世界的にも人口の多い都市の一つと言われているだけの人が生活をしていました。
その実態はほかの都市にない不思議な内容の街なのです。
江戸の人口構成は、武家とその家族など50%、その残りが町人(一般人)という構成。(バランス悪いですね)
そして江戸の地域の使い分けは武家は70%を占めています。他に寺社地が15%。
他の残り15%が町人の住んでいる面積となります。(狭い!)
場所は神田から隅田川にかけてのエリアが主な地域となります。
やはり川に近い水害が頻繁に起こるエリアになっているようです。
当然、過密度はかなりっだったといいます。
その割には街は、ひどく荒れてはいなかったようです。
当時のパリの汚さと比べて断然良好だったそうです。
日本人のモラルは大したものだと思います。
そんな江戸シティのランドマークである、「江戸城」次回からいよいよお城の話でしょうか・・・・・・気分で決めます。
それでは今日はこの辺で失礼いたします。
よい日曜日をお過ごしください。